ソーシャルデザイン50の方法あなたが世界を変えるとき 第一章:仕事の社会的価値に気付く 塗るのが仕事ではない塗魂ペインターズ問題に満ちた世界を変えるには、毎日の仕事で覚えたプロの技術や経験によって解決していくことが効率的だ。 しかし、自分が仕事で覚えた技術や経験に大きな価値があることに気づいていない人は少なくない。毎日同じような作業を繰り返し、同業者とだけ顔を突き合わせていれば、「自分は『できて当たり前』のことしかしていない。自分よりできる人はいっぱいいる。だから自分は世界を変えるような技術なんてもっていない」と思いがちだ。 それでも、他の業種や業界の人から見れば、あなたにとっての「できて当たり前」の技術は魔法である。それまで不当にガマンしなければならなかったことをガマンしなくて済むようにできる技術と経験を、日々の仕事によって誰もが培っている。そのことに自覚的になることから、世界を変えるスタートラインが見えてくるのだ。 あなたの技術と経験を生かせば、直接の顧客だけでなく、他の多くの人や動物や環境が抱えている問題を解決できるかもしれない。そして、誰かの不安やガマンを取り除ける可能性が発見できたとき、自分も困っている人の世界を変えられるのだと実感できる。 あるいは、あなた自身が「これは見過ごせない」と思った社会問題に向き合うとき、自分の仕事や職業技術を通じて解決できる方法も見つかる。人は誰でも、仕事を通じて誰かをもっと幸せにできる社会的なつながりをもっている。 実際、3・11の東日本大震災の後から、自分の職業技術を生かしたボランティア活動はたくさん試みられた。だが、その前から、職業技術を生かして社会に貢献することで自分の専門的な技術の価値をわかりやすく伝える動きは、日本全国で始まっていた。 その一つが、塗装工務店の全国ネットワーク「塗魂ペインターズ」だ。 彼らは、震災1年前の2010年3月に伊勢原山王幼稚園(神奈川県)の鋼板の屋根や大津幼稚園(同)の遊具を無償で塗装した。 幼稚園の屋根や庭の遊具は、夏には歩くことができないぐらい高温になる。園児が触れば皮膚に炎症をおこすかもしれない。保護者や職員にとっては不安材料だ。 そこで、「塗魂ペインターズ」の職人たちは、遮熱効果の高い塗料を使った。これで触れても大丈夫なぐらい温度を下げられた。同時に室内の冷房費が抑えられ、節電効果も高くなった。 翌年7月には、節電のために照明を落としていた東京の品川区役所と防災センターを結ぶ渡り廊下に、塗るだけで明るくなる高反射塗料を施した。これによって、節電しても暗さに困らないで仕事ができるようになった。 塗装の仕事は色をつけたり、金属の腐食を防ぐだけでなく、その建築物を利用する人にとって快適な環境を作り出すという社会的価値を持っている。社会的価値とは、誰もが不当なガマンや不安に苦しまずに済むような解決策を社会に広く提供できる価値のこと。 ここで学ぶべきは、塗装業は「塗るのが仕事」ではないという点だ。彼らの仕事の価値は、「建築物を利用する人にとって快適な環境を作り出すこと」そのものにある。 筆者のようなライターも、「書くのが仕事」ではない。物書きの仕事の価値は、「現代社会に生きる人にとって有益な情報を提供すること」そのものにある。 だから有益な情報を雑誌や本などに書くだけでなく、講演でも話すし、テレビ番組も制作したし、個別の人生相談や企業からの事業商談にも応じてきた。 自分の社会的価値を生かしていこうと思えば、個人的な活動だけではその価値を最大化できない。だから時間の融通が利くフリーランスの立場を利用し、テレビの制作会社と組んで動いたり、NPOとの協働で講演会を実施するなど、多くの個人や組織と手を組んできた。 しかし、企業のような法人では、組織の規模が大きくなるほど自社の社会的価値の最大化を実現させるのが難しい面がある。本業を通じた活動には人件費やマネジメントの時間・手間がかかり、営利優先になりがちだからだ。もっとも、規模の小さい中小企業なら社会的価値を社員の多くが意識しやすく、経営者が自社のもつ社会的価値の大きさに気づけば通常業務以外の時間を有効活用できる。「塗魂ペインターズ」の職人たちは、被災地の福島県南相馬市に支援物資も届けたり、津波で被災した宮城県女川町の仮設店舗に無償塗装するなど、活動を全国に広げている。 こうした職人によるボランティアの塗装作業に対して、日本ペイントは塗料を、好川産業ははけをそれぞれ無償で提供、他にもさまざまな企業などが協力し合い、塗装業界全体で社会貢献の気運を高めている。株式会社安田塗装(東京都豊島区)の代表取締役で、「塗魂ペインターズ」の会長を務める安田啓一氏は、こう語る。「私たちは、不特定多数の市民が利用する建築物に塗装するボランティアを行っています。先進国の一員である以上、自社利益のみの小さな殻に閉じこもることを良しとせず、たとえ中小企業であっても、社会的責任を持つことはもとより、積極的に社会に貢献してゆく。 これこそが企業の使命。社会貢献および環境貢献活動に積極的に参加した企業こそが自社の足元を確固たるものにし、社会にとってなくてはならない企業に成長しうることを、私たちの身をもって証明させていただく所存です」 一社の社会貢献活動としてでなく、業界全体に声をかけた全国ネットワークとして社会貢献を始める事例はまだ珍しい。同業他社をただのライバル(商売敵)と考えるのではなく、同じ業界で仕事の社会的価値を高め合う仲間として共に社会に貢献する。そんなムーブメントは、他の業界にも波及してほしい。その際は、「塗魂ペインターズ」のように同じ業界に身を置く人が旗を振るといい。代理店任せにすると余計な活動経費が増えるだけでなく、社会的価値を持つ当事者としての実感も薄まり、受け身の団体活動になりがちだからだ。 業界全体を巻き込むのに、インターネットの活用は不可欠だ。 Facebookで専用ページを設け、twitterで専用ハッシュタグをつけて同業者に呼びかけるだけでも、決定の速い中小企業経営者はすぐにでも仲間を集めることができるだろう。 同じ地域の組合を通じても連帯できるが、よその地域の同業者と組むことでお互いに知らなかったことを学び合うチャンスも作れる。それは無償の社会貢献活動を通じて、本業の社会的価値をさらに高める絶好の機会になる。 そして、社会の中から自ら問題を発掘し、困っている人たちにプロの技術や経験を生かしたボランティアを行えば、通常業務における社員の意識も高まり、自分が働いている勤務先の価値をわが子や友人たちに誇れるようになる。そうしたいい噂の伝播が他の業界を少しずつ刺激し、じわじわと世界をより良いものに変えていくのだ。 本業を生かしたボランティアには、通常業務ではなかなか出会えない「顧客」との関わりがある。顧客とは、お金を支払ってくれる相手ではない。あなたの技術や経験によって、一刻も早く不当なガマンや不安から解放されたい市民のことである。 そのニーズが深刻かつ切実であればあるほど、解決できる技術や経験を持つ人の社会的価値は高まる。社会的価値の高まりは、適正価格を生むだけではない。メディアからの取材が増え、広告費を削減して余りある広報効果ももたらし、市民から広く支持される事業に育つのだ。 |